2007/05/29

葬儀&告別式→火葬

結局一睡もできず夜があけ、今日は10:00から。
ウィダを飲んで、09:00に斎場へ。現地に泊まったらしい上司二人が早速きてくれました。
その間親戚とオヤジらは会場で記念撮影。全員をいれたい親戚がマイ上司にシャッター押しを頼み、かなり恥ずかしい展開...。オヤジのマイウェイな性格は兄弟のそれと同じで、家風なんだな、きっと。

その後受付&会計を頼む女子3人が到着。ほんとにごめんなさい、こんな田舎まで...。
昨日より人数は少ないとふみ、応援にきてくれた人数も昨日よりかは少なめ。
案の定、会葬者はすくなくて、きょうは返礼品も足りたので、よかったです。

そうこうしているうちに10:00もちかくなったので着席。きょうも会葬者が入ってくる中、葬儀社の人の説明が繰り広げられます。そしてきょうも経が微妙にきこえる...日蓮宗はイチバンだとかいってる気がする...昨日より茶番度はアップしている模様です。

それにもかかわらず、きょうは昨日より涙がとまらなかった。弔問客の思いがけない度がアップしてたから。辞めちゃった同僚、忙しいだろうにきてくれました。ありがとう。
そして告別式のあとはお棺にお花をいれる儀式。これもやばかった。昨日の夜まとめあげた手紙&絵&blogプリントをいっしょにいれたのですが、ハハが間近なだけに、これはつらかった。顔さわったらつめたくてぷくぷくになってて、唇から液体もれてた。
冷蔵庫からはでられたものの、ドライアイスで冷やされてるんだもんね。冷たいよね。ごめんね。

つらすぎなのではやく火葬にいきたかったのですが、葬儀社のひとの「いまいちど」が何回もコールされ、その度に顔をみなくてはならないので、気合いが必要でした。
言葉なんてかけられませんでした。

その後ようやっと「いまいちど」が最後になり、ふたを遺族&親族でしめて(釘はうたなかった)、
オヤジが涙ながらの挨拶。人が泣いてると一気にさめてくる私。
その後台車で50mくらい先の火葬場まで移動。台車だよ...興ざめだ...こんなものなのかしら、昨今。

ここで弔問の方々はばらけ。

火葬場につくと、1番から12番まで入り口があって、ハハは7番の火葬へ。ラッキーセブンだね...。
台車が見事なコンビネーションをみせて、棺がなかにはいり、扉がしまり。あとは会食しながら火葬がおわるのをまつことになりました。

会場にもどると、待っててくれた人たちがいたので、挨拶。香典とオヤジの荷物をピックアップして、昨日と同じ会食の場へ。
結局火葬は1時間半かかり、その間ずっと鹿児島弁のわけのわからない会話を聞き流しつつ、待ち。
食欲と悲しみの具合は必ずしも比例するわけではないけど、みなさん食欲旺盛でした。
食べもしないのに、またあまりを折り詰めしてもらうオヤジ。どうせだめにしちゃうだけなのにね。

さて葬儀社の人がきて「火葬おわった」とのことなので再度火葬場へ。骸骨になったハハがでてきました。骨って意外にしっかり形が残ってるものなんですね。
ここでも涙がとまらなかったけど、そんなの私だけだった。
骨といっしょに場所移動して、二人一組でお箸で骨を壷にいれる儀式。一本ずつ拾ったら、あとは火葬場の人がスコップでがりがりと採集。
ものの本には、のど仏は遺族がひろう、とかいてありましたが、そんなこともなく。けっこう本と実際が違う場合が多いです。
けっこう骨の形がのこってて、そのままだと壷にはいりきらないので、頭蓋骨とかを火葬場のひとががりがりつぶして粉にして押し込み、おさめ、終了。位牌を持つオヤジ、遺影の私、壷の兄貴、そのあとに遺族、で縦に一列で会場までもどり、葬儀社のひとがしめて、一式が終了。

葬儀社のひとといっしょに、まず私と兄を車で自宅までおくったオヤジは再度斎場まで親戚をピックアップにもどり、親戚をつれて再度自宅へ。
葬儀社の人が後飾りをととのえ、みんなでお線香をあげて、ほんとに今日の作業が終了。

私と兄は二階のジブンの部屋にひきこもり、オヤジは階下で親戚接待。明日親戚一同が帰るまで、きっとつきっきりでおもてなしするんだろう...。さっき、観光案内でもするのか、みんなででかけていきました。
私は台帳の整理など黙々としつつ。

母さん、もうつかれた。ちょと無理。
もうちょっとだけがんばって、そしたらフェードアウトしちゃう。お骨あるのはここなのに、ごめん。
ゆるして。

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